太鼓と鐘が入れ替わった観音堂
どんな伝承か
冬島の観音堂は明治三十六年に建て替えられたもので、この土地はもと神社だったともいう。境内には非常時に備えて鐘楼堂が置かれていた。神社に梵鐘を掛けてはならないというお布令が出ていたころは一時太鼓に替えていたが、お布令が改まって再び鐘に戻した。明治二十三年十二月のことである。その鐘も太平洋戦争の末期に供出され、戦後の昭和二十二年に今の梵鐘が造られた。銘には十一面南無観世音菩薩と刻まれている。
原典より
戸口町の河和田川沿いに県道を北に向かうと、川が西北に曲がって道とわかれるあたり、右手に折れて上っていくと、山ぎわの長い石段の上に古めかしい堂が仰がれる。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。