別司から飛び来た大神宮様
どんな伝承か
この社の祭神は、もと別司町の増田源五郎家の屋敷神であったという。寛永年間、わけあって今北の地へ飛び移り、別司の側が戻るよう祈願しても許されなかった。別司町には今も源五郎屋敷跡や大神河原と呼ばれる場所が残る。社は通称を大神宮様といい、神明神社の名は後に改めたものである。御神体は身の丈三十センチほどだが、百年あまり前、仏像彫刻師が八十センチほどの座像を新たに彫り、その胴の中へもとの神体を納めたという。金仏で、一度は盗難に遭ったこともある。今は八幡神社に合祀されている。
原典より
神明神社は今から一千五百有余年の昔、人皇第二十代安康天皇の代、越前国文珠山の南ろく神明山湯の花という所に創建されたと伝えられている。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。