秀康の馬が動かなくなった社
どんな伝承か
水落の神明神社は、安康天皇の代に文珠山南麓の神明山湯の花で創建され、大治四年に押領使平国貞の志願によって鳥ヶ森の現在地へ遷ったと伝わる。慶長六年五月、越前国主として初めて入国した松平秀康がこの森に差しかかると、乗馬が何かに怯えたように棒立ちになり一歩も進まなくなった。物見が調べると、森の奥に南を向いた社殿があるだけだという。秀康は気づいて下馬し、挨拶もせず通り過ぎた非礼を詫びて武運長久を祈った。すると馬は生き返ったように元気を取り戻し、一行は無事に北の庄城へ着いたという。
原典より
神明神社は今から一千五百有余年の昔、人皇第二十代安康天皇の代、越前国文珠山の南ろく神明山湯の花という所に創建されたと伝えられている。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。