疫病を鎮めた浦田の薬師
どんな伝承か
浦田の薬師如来は、江戸時代の中ごろにこの地方で疫病がはやり多くの人が亡くなったとき、思い悩んだ村人たちが薬師の石塔仏を建てて祈ったものと伝わる。そのおかげで疫病は治まり、村人は山笠を奉納した。以来二百数十年、近くからも遠くからも難病に苦しむ人々を救ってきたという。戦時中は石炭の採掘で堂も拝殿も荒れたが、昭和五十七年に鉱害の復旧が済み、その年の十二月十二日に新しく建てた堂へ移された。これを記念して毎年十二月十二日を大祭の日とし、下町区が登記して祀り続け、日々の手入れは下町の高齢者クラブが担っている。
原典より
村人たちが悩んだあげくに、御薬師様の石塔仏を建立し祈願しました。—— 篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌)
『篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異』は、筑前の篠栗町の町誌民俗編から伝説の章を収めた部分である。鉾立山の玉依姫、若杉山の岩にまつわる弘法大師や鬼の伝承、薬師・地蔵・観音の霊験、平家岩や古井戸の言い伝えを番号つきの項で並べ、『筑前国続風土記』などの地誌や説明板の文を引く。後半では狐に化かされた話や狐憑き、狸の法座、巷の笑い話、若杉山の白蛇と杵蛇、河童の話を、古老の語りを交えて記す。