弁慶が墨を磨った土田の硯石
どんな伝承か
土田新田の墓地から西へ一町半ほど行った字硯石に、周囲九間あまりの大きな石がある。文治四年、義経が奥州へ落ちてゆく途中にこの地を通り、四方の眺めの良さに心を奪われた。山と水の美しさを書き留めるため、弁慶が墨を磨ったのがこの石だと伝えられている。石のくぼみに溜まる水は、どれほどの旱魃でも涸れることがなかった。ところが明治になって、土田村のある男が鉈の峰で石の隅に溝を刻み、水をすっかり流し落としてしまう。それきり水は溜まらなくなり、溝を掘ったその男は、まもなく神罰を受けて死んだという。
原典より
土田新田村の墓地の西一町半程の所、字硯石にある。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史・自治体史(民俗))
福島県猪苗代町(会津)に伝わる口承を語り手付きで網羅する。昔話は猫と単・ほととぎす・かちかち山・猿蟹合戦などの動物昔話、五月節句の菖蒲とよもぎ・澄子と清子・朝鮮の桃太郎・話三両・亀ヶ城の女中の一つ目小僧・花咲爺さん・竹の子童子・猿むこ入り・笠地蔵・こぶ取り爺さん・姥捨て山・片目の爺さまなどの本格昔話を収める。