洞門の願掛けで餅をつかない正月
どんな伝承か
昔の阿久津村は鬼怒川のすぐそばにありながら、その水を田に引けずにいた。水を通すには勝山に洞門を掘り抜くしかなく、村人は無理だ、いややろうと揉めたが、どうしても水が欲しく、正月になっても餅をつかないと鎮守の明神に願をかけて工事に取りかかった。明神のおかげで洞門は通じ、田に澄んだ水が引かれた。村ではその喜びを忘れぬよう正月の餅を断ってきたが、年月がたつと昔を忘れ、家々が餅をつき始めた。すると松の内のうちに火事が起き、村中が焼けてしまった。それで願を思い出した村では、今でも正月に餅をつかないという。ここでいう阿久津村は上阿久津・中阿久津・宝積寺の三村にあたる。
原典より
ほしたら、松もとれねえうぢ、火事でがして、村中、全部焼げっちたんだど。—— 氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史)
『氏家町史 民俗編――伝説・昔話』は、氏家町の町史民俗編のうち、第五章「くらしと言語」の第一節「伝説・昔話」と第二節「ことわざ、俗言」の初めを収めたものである。昭和七年版『氏家郷土誌』の数編と町史編さん室などが集めた話から選んだ二十七話を土地の方言の語りに直して載せ、勝山城にまつわる歴史伝説や地蔵の信仰伝説が多い。各話の末に方言を主とする語注を付け、ことわざの節では日常に使われた俗言を頭の音(あ・い・う)ごとに並べる。