諸生の乱の死者を祀る霊神様
どんな伝承か
馬渡の川崎ハヤ家では霊神様を祀っている。屋敷山になっているその場所には天狗諸生の乱で死んだ人が埋められており、塚を掘ると骨が出たという。家のオバアサンが病気になったとき、三反田の佐七山へ拝みに行くと、御社を建てて祀るように告げられ、こうして霊神様ができた。家では毎朝ご飯を供えに行き、ムラの人々も病が治るといって朝ごとに拝みに来るといい、参ると神経症が軽くなるとも言われる。戦いなどで死んだ者を、佐七山の勧めで霊神様として祀る例で、祟りを鎮める信仰に根ざすものと考えられている。
原典より
オバアサンが病気になったとき、三反田の佐七山(後述)へ拝みにいき、ゴシャ(御社)を建てて祀れといわれた。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。