生きたまま土に入った鍛冶屋孫兵衛
どんな伝承か
東武線の新伊勢崎駅のあたりは、昔は鍛冶塚と呼ばれた土地で、孫兵衛という鍛冶屋が住んでいたという。孫兵衛は軍役で太閤の朝鮮出兵に従い、数年の苦しい戦を生き延びて、五十歳を過ぎて無事に故郷へ戻った。戦場で果てるはずの身が思いがけず生きて帰れた以上、この世に望みはないと、生きたまま極楽往生を遂げようと決め、親類や旧友に頼んで土の穴に埋めてもらった。太い竹の節を抜いて息を通し、食べ物を落とす穴も開けておいた。訪ねた人が竹の穴に耳を寄せると、鉦を打つ音が数十日も響いていたという。
原典より
東武線新伊勢崎駅付近は、昔鍛冶塚と呼ばれた地域である。—— 伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史)
『伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説』は、伊勢崎市が編んだ市史民俗編のうち、俗信と伝説・昔話の節の抜粋である。オサキや水死体を知らせる鶏などの俗信と、赤城と日光の神戦、赤堀道玄の娘の入水、『神道集』の宮子の龍宮、義経や鎌倉権五郎にまつわる伝説を、『伊勢崎風土記』などの記録や土地の語りを引いて記す。伝説を赤城山・『神道集』・義経・権五郎・寺社・入定・城などの七類に分けて述べ、十二支由来などの昔話を続ける。