権五郎が目を洗い片目となった丸池の鮒
どんな伝承か
羽黒の原には、近年まで丸池という池があった。松の多い羽黒ヤマの中で、池のまわりだけは石がごろごろして木が生えなかった。この池の鮒はどれも片目だった。後三年の役で源義家に従った鎌倉権五郎景政は、敵の鳥海弥三郎に右目を射られながらも一矢で射返して倒した。矢を抜こうとした同僚が顔に足をかけると権五郎が怒ったので、膝で押さえて抜いたという。目の傷を治そうと茂呂に来て逗留した権五郎がこの丸池で目を洗ったため、池の鮒はみな片目になったと伝わる。
原典より
この丸池には鮒がいたが、どれもみんな片目だった。—— 伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史)
『伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説』は、伊勢崎市が編んだ市史民俗編のうち、俗信と伝説・昔話の節の抜粋である。オサキや水死体を知らせる鶏などの俗信と、赤城と日光の神戦、赤堀道玄の娘の入水、『神道集』の宮子の龍宮、義経や鎌倉権五郎にまつわる伝説を、『伊勢崎風土記』などの記録や土地の語りを引いて記す。伝説を赤城山・『神道集』・義経・権五郎・寺社・入定・城などの七類に分けて述べ、十二支由来などの昔話を続ける。