広瀬川の渕底にある卯の木の龍宮
どんな伝承か
卯の木の龍宮は、利根川(いまの広瀬川)の流れに突き出た岩窟の穴と地下で通じる深い渕の底にある宮殿だという。履中天皇の代、深津に住む高野辺左大将家成がこの岩窟で美しい姫に会い、ここは龍神の宮だから無礼のないようにと告げられた。のちに雄略天皇の皇子、岩城皇子が碓氷の坂で龍灯に出会い、現れた乙女に迎えられて四月十二日に岩窟を訪れると、姫は自分を村の産土神としてまつれば末永く守護すると告げて水に消えた。人々は卯の木大明神としてまつり、水難が除かれたという。四月十二日に必ず雨が降るのはこの縁だとされる。
原典より
卯の木の龍宮は、利根川(現在の広瀬川)の流れの中に突出した岩窟の穴と地下でつながる深い渕の水底にある宮殿である。—— 伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史)
『伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説』は、伊勢崎市が編んだ市史民俗編のうち、俗信と伝説・昔話の節の抜粋である。オサキや水死体を知らせる鶏などの俗信と、赤城と日光の神戦、赤堀道玄の娘の入水、『神道集』の宮子の龍宮、義経や鎌倉権五郎にまつわる伝説を、『伊勢崎風土記』などの記録や土地の語りを引いて記す。伝説を赤城山・『神道集』・義経・権五郎・寺社・入定・城などの七類に分けて述べ、十二支由来などの昔話を続ける。