しょうごんと観音堂
どんな伝承か
交野市森地区は昔「むくね村」と呼ばれていたが、藤原時代の後三条天皇の頃(十一世紀後半)から「森」と呼ばれるようになったという。むくね村と呼ばれていた貞観の頃、大和国大安寺の僧・行教が豊前国宇佐八幡宮の分霊を男山へ奉じて帰る途中、道中の安全を観音に祈願してこの大役を果たした。八幡様のお遷りが済むと、行教は貞観三年(861)二月三日、森の上に観音堂を建てて観音を祀った。これが「しょうごん(正居)」の起こりとされ、以来村では三の日を「観音様の正居」として祀っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史・自治体史(民俗))
大阪府『交野市史 民俗編』所収の伝説。七夕伝説の里として知られる交野市の八地区(郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田)に伝わる口承を採録する。