ねこやま・こみや・よな池
どんな伝承か
交野市郡津の丸山古墳の西側の道を北へ進むと、小字「藪の下」へ下がる肩の左下に、舌状の台地が北へ低く延びていた。土地の人はそこを「ねこやま」といい、さらに西へ続く台地を「こみや」と呼ぶ。「ねこやま」は産をしてしばらくの間そこで子を育てる場所、「こみや」は産を不浄として嫌ったころに特別に設けられた産所のあった場所だと伝えられている。また駒が池の少し西にあった「よな池」は、産所に付属して産後の「よな」(後産)を捨てた池だろうという。いずれも古い出産の作法を今に伝える地名である。
原典より
丸山古墳の西側の道を北に進むと、小字「藪の下」に下がる肩の左下に舌状の台地が北に低く延びていた。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史・自治体史(民俗))
大阪府『交野市史 民俗編』所収の伝説。七夕伝説の里として知られる交野市の八地区(郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田)に伝わる口承を採録する。