法明上人が本尊を掛けた上人松
どんな伝承か
私部から天の川の逢合橋を渡り、水道道を越えて東高野街道を左へ進むと、道の右手に「本尊掛松遺跡」の標石が立つ。そこから西へ三十メートル、枚方市側の玉垣の中に大きな石仏が東を向いてまつられ、明治三十年ごろまでは枝を四方に広げた名松があった。言い伝えでは、元亨元年十二月十五日の夜、摂津深江の法明上人が男山八幡宮の神勅を夢に受け、翌日弟子十二人と男山へ向かう途中、この地で霊宝を奉じて来た男山の社人たちに出会った。上人は宝器を受け取り、この松に曼陀羅など五軸の尊像を掛けて念仏を唱えたという。
原典より
逢合橋から、西南の藪の高地を、「上人松」とか「上ノ山」とか「お野立所」とか呼んでいる。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史)
『交野市史 民俗編――伝説』は、交野市が編んだ市史の民俗編から伝説の章を収めたものである。交野の各地に伝わる池・古墳・寺社・地名にまつわる伝えを集め、産所とよな池、弘法大師の蚊封じの池、獅子窟寺の再建の由来、小松寺の起こりなどを、所在地や文献の記述を添えて記す。郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田の八地区を節に立て、地区ごとに話を並べる。