船板の蟹を弔って建てた玉泉庵
どんな伝承か
私部の北田家の屋敷の東南には楠の大木があり、その南に張り出した枝の下に、鍵の手に折れた小さな庵が東南を向いて建っている。玉泉庵と呼ばれてきた堂である。伝えによれば、北田家の先祖が讃岐の金毘羅へ参詣した帰り、乗っていた船が沈んだ。海に投げ出された先祖は流れてきた木片にすがりついて命拾いしたが、あとで裏返してみると、その板には蟹がびっしりと張りついていた。助かった喜びと、身代わりのように命を落とした蟹を弔う気持ちから、娘を仏門に入れたという。それが玉泉庵の起こりだと語り継がれている。
原典より
北田甫氏の屋敷の東南に楠の大木がある。—— 交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
交野市史 民俗編――伝説(交野市(編)・交野市史・自治体史(民俗))
大阪府『交野市史 民俗編』所収の伝説。七夕伝説の里として知られる交野市の八地区(郡津・倉治・私部・森・寺・傍示・私市・星田)に伝わる口承を採録する。