弟橘姫の櫛と墓
どんな伝承か
倭建の命の一行が走水から総の国へ渡ろうとすると、いざ船出という時に海が荒れ、急造の船は波にもまれて壊れ、沈むものも出た。命は仮御所の裏山に征旗を立てて海神の怒りを鎮めようと祈ったが効はなく、兵の間では人柱を立てるほかないという声がささやかれ、逃散する者まで出た。思い悩む命に妃の弟橘姫は、私が身代りになって海に入り海神の怒りをしずめましょうと告げ、海上に菅・皮・絹の畳を八枚ずつ敷いて、その上に立ったまま海中へ沈んでいったという。姫が入水すると海は静まり、東征軍は房総へ船出した。遺体はついに浮かばなかったが、七日目に櫛が磯辺へ打ち寄せられたので、命はその櫛を拾い、御墓を建てて納められたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・昭和五十年(1975)刊)
小森良章『神奈川の史実と伝説』(昭和50年=1975刊)を、史実につながる伝説十一篇を節単位で全59事例として収録。