シンコーボーの墓
どんな伝承か
喜界町花良治に伝わる。シンコーアジーは、はじめワリディーの下に棲んでいたが、魚肉を食う人々が周囲に多くなったのを嫌って、中西の東方斜面の岩屋へ移り住んだ。そこが世に知られるシンコーボーである。シンコーボーの語源はシュンカン坊で、シュンカンがシンコーと訛ったものだろうと、恒良徳・田畑善積の二翁は語った。両氏は、志戸桶と山田の古老がはっきりシュンカンボーと呼んでいたとも話した。ボーズンメーにある墓も、荒木にある砕けた墓も、俊寛僧都の墓だと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。