正時神社と鯉のぼりを忌む畑山の平家
どんな伝承か
屋島の合戦に敗れて落ちのびた葉田重五郎国重の一族二十八人は、本隊に遅れてこの海岸へ船を寄せ、一部は後山へ、残りは国重とともに畑山へ入ったという。畑山の人々は清盛・宗盛・重盛の霊を祀っていたが、五代目の遠四郎正時のとき、隠れ住む不自由を地頭小早川雅平に訴えて許された。その喜びから正時の没後は彼の霊も併せて祀り、正時神社と称した。土地では端午に鯉のぼりを立てるのさえはばかり、平家が滅んだ三月二十四日には大池へ船を出し、旗印を持ち寄って安徳天皇以下一門の冥福を祈ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。