安部の中将橋と掘り出された地蔵
どんな伝承か
高田川は俗に中将川と呼ばれ、安部にはその名を負う中将橋が架かる。中将姫は六道山から筑山を経て大谷を通り、当麻寺へ向かったと伝えられる。その道中、姫は橋のたもとの木陰で侍女とともに休息したという。今、横大道の地蔵堂に安置される地蔵は、近くの中将畑から掘り出されたもので、中将地蔵と呼ばれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。