法螺貝で合図した貝鳴山
どんな伝承か
糸沢の南に、円錐の形をした貝鳴山がある。昔、上杉景勝は徳川家康の軍を防ごうとして、大国但馬守に二千の兵を預けて横川宿を守らせた。先陣を下野国塩谷郡上三依村の鶴淵山に、二陣をこの山に、三陣を愛宕山に、四陣を小野岳に置き、本陣は黒川城の南四キロほどの本郷丸山に構えた。先陣が合図の狼煙を上げれば、この山で法螺貝を吹き、愛宕山では半鐘を打ち、小野岳では烽火を上げるという段取りであった。貝を鳴らす山であったことから貝鳴山の名がついたのだという。
原典より
糸沢部落の南に貝鳴山といって、円錐の形をした山がある。—— 田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗))
『田島町史 第4巻(民俗篇)』第二節所収の伝説。福島県田島町(南会津)に伝わる自然・歴史・神仏・池淵・幽霊・妖怪の伝説を採録する。