猿が河童を捕える
どんな伝承か
明治初年、邑智郡の川本村と吾郷村との間の地点で、一人の猿廻しが江川の岸に休んでいると、連れていた猿が突然勢いよく河中へ飛び込み、水沫を立てて水中に潜り入った。やがて猿は一匹の河童を捕らえて上がって来た。その河童は村民の一人に与えられたが、後に殺さず、宥めて水中へ放されたという。河童と猿は仇敵の間柄であるとの説があり、笈埃随筆には、河童は猿を見れば動けず、猿も河童を見れば捕らえずにおかぬ、ゆえに猿曳が河を渉る時は猿の顔を包むと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。