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梨原御殿(清水八幡宮の由来)

所在地埼玉県狭山市入間川(清水八幡宮)
年代正徳(1713年ごろ)
登場入間川風土記』清水八幡宮由来記
出典狭山市史 民俗編
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どんな伝承か

北条政子が義高供養に神祠を営み清水八幡宮と崇め、朱の玉垣の壮麗な社殿を建てた。応永九年の大洪水で流失し、約一八〇年前に杉林中で石祠が発見され現在地に再建された。

原典より

正徳三年(一七一三)の『八幡神社縁起』によれば、「槻の木を植え塚を築いたとの事なるが政子は廟所を転じ神祠を営み、清水八幡宮とあがめ、自ら入間川の地に来り供養し且神田を寄附されたという。—— 狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)・昭和(昭和五十年代調査・刊行。本文に昭和五十三〜五十四年の採集記載)) より引用
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出典の文献について

狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)・昭和(昭和五十年代調査・刊行。本文に昭和五十三〜五十四年の採集記載))

『狭山市史 民俗編』のうち「五 伝説・昔話・世間話」を収録した一次資料。昭和五十年代に堀兼・入間・奥富・柏原・水富・入間川の各地区で座談会・聞き取り調査を行い、明治〜大正生まれの古老から採集した口承文芸を、見出しごとに原文に近い形で記録する。

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