釜山神社と新田義貞の伝説
どんな伝承か
釜山神社はもと釜伏神社と呼ばれ、風布の氏神で、参道には三峰神社そっくりの眷属のお犬様が並ぶ。縁起によれば、ダイジャ坊が日本武尊に代わってこの山上で粥を炊いて神に供え、その釜を山上に伏せたことから釜伏の名がついたという。のちに明治の初めに鎌倉八幡宮から御分霊を願って釜山大権現として格を上げ、新田義貞とその弟である修験行者匠作上人も祀られるようになった。神社から風布へ下る道の途中には、匠作上人の修行場だったと伝わる小さな滝もあったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))