愛后就
どんな伝承か
平将門が京の皇后になぞらえて創建したと伝わる守谷の社。元和七年、土岐内膳がこれを再建し、その際、土岐の家老であった井上九右衛門と加藤九太夫が鍔口を奉納し、その遺物が今も伝わっている。将門は守谷城内に妙見八幡や八坂神社なども勧請し、在地に京の宮廷を模した施設を営んだとされ、この社もその一つに数えられるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。