新河岸へ通じた河岸街道
どんな伝承か
入間川小学校のすぐ横を通る道は、入間市の黒須へ通じている。この道すじをたどると入間川を経て川越の新河岸へ出られたことから、土地では「河岸街道」と呼ばれていた。語ったのは入間川四丁目に住む明治三十七年生まれの古老である。
原典より
入間川小学校のすぐ横の道は、入間市の黒須に通ずる道で、入間川を通って川越の新河岸へ行くので「河岸街道」といった。—— 狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)・昭和(昭和五十年代調査・刊行。本文に昭和五十三〜五十四年の採集記載)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)・昭和(昭和五十年代調査・刊行。本文に昭和五十三〜五十四年の採集記載))
『狭山市史 民俗編』のうち「五 伝説・昔話・世間話」を収録した一次資料。昭和五十年代に堀兼・入間・奥富・柏原・水富・入間川の各地区で座談会・聞き取り調査を行い、明治〜大正生まれの古老から採集した口承文芸を、見出しごとに原文に近い形で記録する。